【私の鉄分補給】  【機関誌】  Top


                        守田 稔(もりた みのる)

 別に私の血液中のFe(鉄)が不足しているとか、私がプルーンが大好きであるとかいう話ではありません。私が如何にして、鉄道からエネルギーを吸収しているのかという、ちょっと『おたく』なお話です。

 私が鉄道を好きになったのはいつからだろうと考えてみると、それはもう、ものごころついた時からそうだったのかもしれません。国鉄に勤めたことのある鉄道好きの父親と、やはり鉄道好きの12歳上の兄に囲まれて、散歩はチンチン電車、おもちゃはプラレールと、実に環境は整っていました。

 小学生になってしばらくすると、父や兄にカメラを持って駅に連れて行ってもらい、わくわくしながら特急電車やブルートレインの写真を撮りました。中学生になって一人で遠出ができるようになると、「青春18切符」を使ってローカル線を巡り、華やかな列車よりも古い車両やディーゼルカーに心が惹かれました。旅先では駅スタンプや切符を集めたり、車両基地のイベントでは、鉄道部品を買いました。
 これらは私の大事な宝物ですが、よく家族からはゴミと言われ、気をつけていないと捨てられそうになります。もちろん鉄道模型にもはまりました。こうして鉄道ファンとしてのメジャーなところを押さえつつ、私の鉄道好きは成長していきました。

 しかし大学5年生のとき、私は大きな病気をして目が見えなくなり、体も不自由となりました。あー、もう車両も見えないし、写真も撮れない。車椅子では鉄道を自由に乗り回ることもできないと、鉄道ファンを続けていくのは無理かなとがっかりしていました。

 ところが平成12年にできた「交通バリアフリー法」のお蔭でしょうか。私の近くの駅にエレベーターができ、また以前はなかった駅にも次々とエレベーターが設置されていきました。車椅子スペースのある車両が増え、車椅子用トイレがある駅も多くなり、車椅子ユーザーでも格段に鉄道が利用しやすくなっていきました。

 目が見えなくなっても、列車に乗るとわくわくし、私の鉄道魂は健在でした。目が見えない分、駅のアナウンスや車内放送により旅情を感じ、ローカル線では線路の響きやディーゼルカーの匂いに感動しました。また音声パソコンという武器も使えるようになったため、インターネットで車両や線路の詳しい歴史も知ることができるようになりました。もちろんネットオークションで、家族からゴミと言われる鉄道部品も買っています。

 最近は「鉄子」と呼ばれる女性鉄道ファンもいると聞き、以前に比べて鉄道ファンの層も広がったのかなと感じています。また鉄道の興味の対象によって様々なニックネームも付きました。例えば、鉄道車両について詳しく研究する「車両鉄」、鉄道写真を撮ることに喜びを感じる「撮り鉄」、鉄道の旅が大好きな「乗り鉄」などがあるそうです。

 これで言いますと、以前の私は「車両鉄」「撮り鉄」「乗り鉄」「収集鉄」「模型鉄」などになります。病気で目と体が不自由となって「あーもう無理だ」と思っていたら、「撮り鉄」を除いて後は今でも現役で、「音鉄」や「匂い鉄」、「歴史鉄」など新たな仲間も加わりました。

 少し視点を変えたり工夫をしてみると、楽しみたい気持ちがあれば、趣味は結構続けられることを知りました。そして今でも私は、いろいろな方法を使って日々鉄道を楽しみ、そこからのエネルギー吸収、すなわち「鉄分補給」にいそしんでいます。